我孫子市平和事業推進市民会議委員の稲見帆夏です。
私は令和元年度に長崎派遣中学生として長崎で学び、今年度は引率者として15人の派遣中学生と広島に同行させていただきました。
私からは、広島で活動した8月5日から7日までの3日間の活動報告をさせていただきます。
1日目
最初の活動は、けやきプラザでの出発式でした。
団長が決意表明を行った後、多くの方々にお見送りをしていただき広島に向けて出発しました。
| 出発式 |
新幹線の中では、広島到着後の動きを確認し、これから始まる3日間に向けて、お弁当を食べて気合を入れました。
広島駅に到着すると、我孫子とは違う夏の暑さを感じました。
まずは、平和記念公園と原爆ドームの見学を行うため、路面電車に乗り目的地へと向かいます。
平和記念式典の前日ということもあり、駅や路面電車内はとても混みあっていました。
現地で見る原爆ドームは写真などとは迫力が異なり、むき出しの鉄筋や焼け焦げた跡のある崩れ落ちたレンガなどを目の当たりにしている中学生の後ろ姿から、衝撃を受けていることがひしひしと伝わってきました。
| 原爆ドーム前にて 集合写真 |
その後は平和記念公園内を歩いて見学し、広島平和記念資料館の見学へと向かいました。
資料館内の見学はグループごとに分かれて行われました。
実際に被爆された方々の遺品の数々、着用していた衣服、朝学校へ持って出ていったお弁当箱、被爆直後の写真。あの瞬間で時が止まったままの展示に思わず目を背けている姿やメモを取っている姿が見受けられました。
| 広島平和記念資料館での見学 |
| 広島平和記念資料館での見学 |
夕飯の時間には、中学生同士の仲も深まっていることを感じました。
1日の終わりには反省会を行い、その日学んだことや感じたことを言葉にしてまとめ、共有する姿がありました。
2日目も朝早くからの活動になるため、フィールドワークの打ち合わせを行った後ホテルに戻り、解散しました。
| 反省会 |
2 日目
8月6日、広島に原爆が投下されてから、80 年後の朝となりました。
この日は広島平和記念式典に参列することから活動が始まりました。朝の5 時半という、とても早い時間の集合でしたが、誰一人遅れることなく時程通りにホテルを出発しました。
会場には国の代表者、自治体、被爆者、遺族など、大勢の人々が参列し、黙とうを捧げ平和な世の中への誓いと訴えを行いました。
テレビ越しではわからない、それぞれが抱えた思いから創り出される会場の雰囲気を味わうことができたのはとても貴重な経験でした。
| 広島平和記念式典 |
式典の終了後には公園内でフィールドワークを行いました。
まずは「原爆の子の像」に向かい、中学校ごとに千羽鶴の奉納を行いました。
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| 千羽鶴の奉納 |
その後、公園を訪れていた方にインタビューを行いました。
海外から来日した方や教師として学ぶために訪れていた方、被爆者遺族の方など、様々な方が様々な思いを持ちながら8月6日という日を過ごしていることが活動をとおして伝わってきました。
| インタビューの様子 |
昼食を取った後、広島市役所に移動し今年度初開催の「全国平和学習の集い」に参加しました。
平和学習の集いには 3 日間で 72 自治体、総計1,446人が参加しました。
第1部では被爆体験講話を聞き、実際に見た被爆直後の広島の様子やその後の生活、被爆者としての強い思いをお話ししてくださいました。第2部ではグループディスカッションで 2 つの問いに時間をかけて取り組みました。
様々な地域から集まった年齢も異なる学生同士で意見を交換し、派遣生たちは新たな視点での考え方や意見を深めあうことの重要さを身に染みて学んだ様子で、集いに参加した後の彼らの表情から成長を感じました。
| 全国平和学習の集いでの発表の様子 |
| 全国平和学習の集いでの発表の様子 |
3 日目、ついに最終日となりました。
最終日は多聞院の見学からはじまりました。爆心地から 1.75 ㎞に位置し、爆心地から最も近い木造の被爆建造物として、当時の姿がそのまま残されています。
鐘は戦時中に一度失われ、再興する際に〝No more Hiroshima〟の文字が刻まれました。
今にも崩れそうな天井の様子を見学し、爆風の威力の恐ろしさを体感しました。
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| 多聞院での見学 |
また、広島平和記念資料館を再度見学しました。この 3 日間で学んだことを踏まえ見学すると、 1日目には見えなかった事実や出来事、また違った点で深く刺さり、それぞれの心に残るものがあったようでした。
最後に、爆心地から 410m に位置する本川小学校平和資料館の見学を行いました。
地下室を中心に当時の焼け跡や遺品の展示がされていました。
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| 本川小学校での見学 |
広島での3 日間の活動を終え、最後に東京に戻る新幹線が沿線火災で足止めに合うという思わぬアクシデントが起こりましたが、15 人誰一人かけることなく無事に活動を終えることができ、心の底から安心しました。
3 日間の広島派遣を通して、派遣生たちは過去の歴史と事実に真摯に向き合い、吸収して自分の意見へと生かしていました。その得た自分の意見としての軸をしっかりと持ち続けて、今後の活動で平和のリレーを繋いでいってもらいたいです。
また、派遣生たちの頼もしく、日に日に目に見えて成長していく姿に私自身感化され、たくさんの学びを得ることができました。
改めて派遣生のためにご尽力いただいたすべての皆様、私たちにこのような機会をいだだけたことに心から感謝を申し上げます。これを持ちまして私からの派遣報告とさせていただきます。
平和事業推進市民会議委員 稲見 帆夏




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