2017年10月17日

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)にノーベル平和賞

 ノルウェー・ノーベル委員会が、国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」に今年のノーベル平和賞を授与すると発表しました。 

ジュネーブに本部を置くICANは、今年77日に国連で、核兵器禁止条約が国連加盟国の6割を超える122の国の酸性で採択されるのに大きく貢献しました。 

ICANは、対人地雷禁止条約やクラスター爆弾禁止条約をモデルとして、核兵器廃絶を包括的な条約で禁止することをめざし、広島、長崎の被爆者団体や各国のNGOとも連携してきました。事務局長のベアトリス・フィン氏は、ICANの活動について、「われわれは被爆者の話を聞くことから活動を始めた。それがベースだった」と説明した上で、平和賞受賞について、「広島、長崎の被爆者全員へも与えられる賞だ」と述べ、核兵器禁止条約制定に果たした被爆者の貢献を改めて強調したと報道されています。 

ICANのノーベル平和賞受賞が、国連での核兵器禁止条約採択に続き、核兵器廃絶に向けた大きな足掛かりとなることを、心から願います。

2017年10月5日

【本の紹介】ナガサキノート

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  書 名 ナガサキノート
      若手記者が聞く被爆者の物語
  編 者 朝日新聞長崎総局
  出版社 朝日新聞出版(朝日文庫)
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「ナガサキノート」は、朝日新聞長崎総局が、長崎原爆の被爆者の方々に取材し、その一人ひとりの人生をテーマに、2008810日から一日も欠かさずに毎日、長崎県内版に掲載している連載記事で、既に連載3000回を超えているそうです。
今回紹介する朝日文庫「ナガサキノート」は、この連載記事に20095月までに掲載された31人の被爆者の方々の計270回の記事を本にまとめたものです。 

この本の中で、被爆者31人の方々の人生が、194589112分を中心に綴られています。それぞれの人が、どのような暮らしの先に89日を迎えたか。そして、89日の被爆後どのような人生を過ごされてきたか。
31人が迎えた長崎でのそれぞれの89日。被爆した場所から避難した道のり、爆心地に向けて家族を探しに行った道のり。31人の方々の被爆前後の記録には、同じ町の名が何度も登場し、同じ兵器工場や長崎医科大学もでてきます。
31名の方々がその日辿った道は交わっていたかもしれませんが、それぞれに、それまでの暮しがあり、家族があり、そして一人ひとりのその後の人生がありました。 

「ナガサキノート」は、20代、30代の記者たちが取材し、執筆したのだそうです。この本を読んでみると、取材の時点で60代半ばから80代に達していた多くの被爆者の方々に、若い新聞記者たちが取材し、記録しているというそのことだけでも、たいへん意義深い取組みなのだと思えます。
「ナガサキノート あの日、人々の足取り」
(クリックでサイトにアクセスできます)
朝日新聞長崎県内版への「ナガサキノート」連載が現在も続いている一方、朝日新聞DIGITALには、「ナガサキノート あの日、人々の足取り」というページが公開されています。爆心地数キロ圏内で被爆した約150人の方々が、194589日にどのような足取りを辿られたか、3Dの地図上に再現されています。地図上から、お一人おひとりの証言を閲覧することもできます。 

朝日文庫「ナガサキノート」、朝日新聞DIGITAL「ナガサキノート あの日、人々の足取り」、ぜひご覧になってみてください。
 
(我孫子市平和事業推進市民会議 恒)